ある配信者とのやりとりの中で。
私は、「たかがリスナー」と思っている。
なぜなら、リスナーっていうのは、数え切れないほどいるから。
たかが数人失ったとしても、補充すること(笑)に困難はない。
限度はあるにしても、だ。
ただし、「私は、まだそんなに達観できないと思う」とのこと。
かつての私もそうだったから、わからなくもない。
突然、「東村山音頭」を歌えときた。
はぁ。
くりしょー無駄にするつもりなら良いぞと言うが、それはやめろと。
だが、やりたいなら勝手になって。
それにつきて。
「【広告貢献1位】ゲストさんが700ptニコニ広告しました「憤るのはかまいません、「リスナーごとき」というリスナーを下に見る発言は許容できません」
リスナごときという表現は、非常にインパクトがある模様。
配信者に対しては非常な要求ながけ枯れられる中、この流れは面白い。