例えば、お酒などの影響で記憶がない、というのはだれしも時たまある話ですが、ただこの記憶がないというのは意外と厄介でして。
私のパソコンから遺書らしいものが出てきた。
ブラウザを全部閉じたとき、デスクトップに「Book1.xlsx」という見覚えのないエクセルファイルがあった。
プロパティを調べると、最終更新日は「2023年8月15日、3:29:27」、作成日は「2023年7月4日、2:15:50」とある。
適当に作って放置したファイルかな?
ファイルサイズも大したものじゃない。
正直、記憶にないファイルだったので、開くことに多少ためらいはあったが、とりあえず内容を読んでみることにした。
遺書だった。
おそらく私自身の。
それは資産目録のようだった。
静岡銀行の口座についての記述からして間違いない。
正直、困った。
財布からキャッシュカードを取り出し、急いで店番と口座番号を突き合わせると、学生時代に開設した静岡銀行清水支店の口座で間違いなかった。
バイトのために開設したんだっけ、なんて記憶がよみがえるも、なぜこんなファイルが?という疑問へ頭を切り替えねばならなかった。
なんなの?という言葉が頭の中をこだまする。
その他、ゆうちょ、労金、東洋証券、岡三オンライン、立花証券の各口座と、加入している保険、クレジットカード、携帯電話関係などもすべて一致しているから、自分で作成したものに間違いない。
頭の中の思考は、なんなの?から、なぜ?へ切り替わりつつあった。
こんなもの作った記憶なんてない。
このエクセルファイルは、5枚のシートに分かれている。
今見たのは3枚目、シート名は「03」。
エクセルは、ファイルを保存したときに開いていたシートが次回最初に表示される。
「03」のシートは、先ほど記したように個人情報についての記載があるものである。
「早期に連絡して解約すること」との但し書きが太字で示されている。
ファイルのシート名は「01」から「05」までの番号が振られているだけであり、シート名からは他のシートの中身を推測することはできない。
最初に表示されるシートが「01」じゃないのは、最後に口座かカードの番号の間違いを修正したのかな?なんて想像を巡らせることで不安を払いのけようとしたが、しょせん浅知恵でしかない。
「01」から「05」まですべて見るべきか、めぐる好奇心と不安で頭がつぶれそうだった。
結局、ファイルはグーグルドライブの奥底へ移動させることに落ち着いた。
これが遺書だというなら、他のシートは今開く必要はない。
それが必要になった時、開けばよいのだ、と。
そう言い聞かせてグーグルドライブを閉じた。